— カヤノには社員に求める能力、資質として38項目の行動基準が社内規定としてあります。僕はその中で『本を月に3冊以上読む』という項目が一番好きです。この項目を作られたのは?
「これは単純な着想からです。何でもいいから勉強するという姿勢でしょうか。」
— この38項目が作られたのは、もう10年以上前。当時、ある社員から「どんな本ですか?」との問いが出たときに、社長は「マンガ本でもいいよ」とお答えになられています。これには驚きました。フレキシブルだなぁと。
「そうですか(笑)。まあ、発想はそれぞれ、様々な物から得ることが出来ますから。でも、最近のマンガ本は凄いですよ。深いなあ、と思わせてくれるものも沢山あります。『ストーリーに共感した』とか、『このイラスト綺麗』とか何かしら感性を刺激されればその読書は成果を得たと言っていいと思っています。」
— なるほど。社長は色んな本を社員に配っていますよね。
「配っているのは定期購読をしているデザイン関係の月刊誌が数種類です。世界、日本全国で開催されているイベントとか、プロダクツ、デザインは日々進化していますから、そこは共有していたいと思っています。」
— でも、社長が読んだ書籍とかを社員全員に「これを読め」というようなことはしませんよね? なんとなく経営者ってそういうことをしそうな感じですが・・・・。
「そういう方もいらっしゃるかも知れませんが、私はしませんね。強制的に読まされる書籍ってつまらないことの方が多くないですか?」
— 確かに(笑)。
「まあ、個人的に「これ面白かったよ」と勧めることはありますよ。でも、それを読むかどうかは社員任せです。追及もしません。」
— 気づき、のようなものですか?
「そうですね。近いかもしれません。自身にとって未開な分野があるとして、そこへの探求心や面白さ、必要性を感じれば、自然と読書という行為は行われると思っています。逆に言えば、その動機がなければ読書は苦行でしかありません。ところで、本選びはどうしていますか?」
— 中学生二年の頃だったと思いますが、可愛がってくれていた社会科の先生から「借金してでも本を読め」と言われたことがあったんです。当時は意味がよく分からなかったんですが、高校くらいからその意味が分かってきて、そこからは乱読です。もう手当り次第、活字中毒。家の8畳間が本で一杯になっていまして・・・。ちょっとした家庭問題です・・・。
「それは、いい指導をしてもらいましたね。私の学生時代はVol.1でもお話しした通りお金がありませんでしたから、読みたい建築関係の雑誌の発売日を狙って立ち読みに行ったものです。店主の目を盗んで、ばぁっと読むんですね。誰かに買われる前に読んじゃえって・・・」
— 借金してでも本を読め、を超えてますね(笑)
「飢えていましたね、情報に(笑)。」
— それだけ、情報をキャッチアップしようとしていたということでしょうか。
「格好よく言えばそうなりますかね。それよりも、自分の知らないところで、新しいデザインが生まれるのが怖いと思ったり、時代に遅れたくないといった切迫感の方が強かったですね(笑)。」
— 以前、社長は「成功体験を綴った書籍からは、あまり影響を受けない」とおっしゃっていました。
「ええ。そういった書籍を読むことを否定はしません。ですが、成功体験というのは、その人だから達成することが出来た事柄が書かれていることが多い。私はむしろ失敗談の方に興味を持ちます。」
— あ、それ分かります。今、色んな人の自伝ものにはまっているんですが、そこには失敗談がばんばん出てきます。笑い話程度で読めるものもあれば、もの凄い逆境だなぁって思うものもあります。よく克服できたな、と。確かに、成功体験を読むよりも、心には残ります。
「恐らく、その文章にはその著者なりのパワーが存在しているのだと思います。今では笑い話になっているものでも、その時はもの凄いエネルギーを使って、その逆境を克服したはずです。そういったものに触れることは非常に有意義だと思います。例えば、どういった方の自伝を?」
— 最近では、プロレスラーのハルク・ホーガン。田原総一郎さんの初自伝。落語家の古今亭志ん生さん。同じく、立川談志さん。横綱の大鵬関。中でも、談志さんの『狂気ありて』は傑作でした。
「それぞれ、時代の先駆者ですね。やはり、最初に物事に取り組んだ方々、時代を牽引された方々の体験談は貴重なものでしょう。」
— 電子書籍はいかがですか?
「いいと思います。これだけ、スマートフォン、タブレットなどのインフラが整ったのですから、否定は出来ません。時間がないということを理由に、何も読まないよりは全然良いですよ。私は寝る前とかTVを観る時間とか、インターネットに向かう時間とか、生活のどこかを削って一日15分だけでも読書習慣を持って欲しいと思っています。時間は捻出することが出来ます。例えば、ひと月に3冊本を読む人と1冊読む人。一年で考えれば36冊と12冊。10年で考えると、360冊対120冊。20年なら、720冊対240冊。これは人生において埋めようのない圧倒的な差になると思います。読書は量の問題だけではないとは思いますが、時間軸で考えると取り返しようのない差が生まれます。その分だけ、知識はもちろんのこと、会話力であったり、傾聴力が自然と身につくものだと思います。」
— 確かに、時間だけで考えても凄いことですね。差となった500冊を読む時間を考えたら・・・、ちょっと怖いです。電子書籍の話に戻りますが、僕は出来れば小説は紙媒体で読んで欲しいなぁと思います。ページを捲るワクワク感だったり、行間から作者の意図、熱を読み取ったりする感性は、ページに触れている指先からも派生するものだと思っています。読書を習慣化するために、定期的に書店に通うとか、Amazonを覗くとかはどうでしょう。
「是非とも、それは行って欲しいです。書店に並ぶ雑誌のキャッチコピーを眺めるだけでもいい。書籍との出会いは人との出会いと似ていると思うんですね。いい本を手にしたときの期待感、ワクワク感に感激を覚える。人生には限りがあります。体験したいこと、知りたいことを全て実体験することが出来ればいいんですが、そうもいかない。ですから、そういった隙間を埋めるのが、読書だったり映画だったり、音楽、舞台だったりするわけです。しかし、その積み重ねは、どこかで役に立つものだと思っています。」
— 以前、社長のお宅のプライベート空間にお邪魔したときに、ちらりと本棚を覗いたら「あれっ?」と驚くようなタイトルの本が並んでいました。書籍名は伏せますが、思わず笑ってしまいました。「え~、社長ってこういうの読むんだぁ」って。
「実務書関連ですね。ああいうのは、東京のデザイン事務所からKayanoに戻ったときに読みましたね。学生を終えて、東京ではデザインばかりに熱を上げていましたから、会社経営のことなど全然分からなかった。それで、勉強しなければと思いまして・・・。」
— そういった強い動機は必要ですよね。
「書籍に向かうときの態度とでも言いましょうか。何かを学ぼうとするときには、相応のエネルギーが必要になるかも知れませんね。大袈裟かも知れませんが、書籍には賢人、先人たちが生きた証のような物もあります。実務書は特にですが、学ぶという側面も必要になります。ですから、少し疲れますよね。」
— では、書籍離れに拍車が掛かっている現代に苦言を一言。
「Kayanoの社員の行動基準のひとつとしている「本を月に3冊以上読む」という背景には、自らの意志で本を読み積極的に情報を収集する、という自己 研鑽の意味合いがあります。ですから、これは強制ではなく、あくまでも自発的なものとして考えているわけです。その結果がどのようなかたちで出るかは、やはりその人の資質であったり、態度なんですね。先に申し上げた通り、読書は一冊一冊の積み重ねです。そこから、自然と自らの考え方、価値観、倫理観のようなものが構築されてくると思っています。そして、その結果がお客様のためになる何かに繋がれば、それは大変有意義で、価値のあることだと思っています。」
— なるほど。早速、次の本に向かいたいと思います。